古代史を中心にした漂流記録&覚えておきたい記事、書籍、ニュースなどの備忘録として、あるいは自分の考えの足跡、生活の記録をしています。


by jumgon
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恵我という地名 ①

     先日から「ひもろぎ逍遥」(サイドバーにリンクしています)の管理人のるなさんと
      牽牛子塚(けんごしづか)古墳がある場所の昔の地名探しをしているうちに
         近所の天皇陵の地名のことが気になってきた



仲哀天皇チュウアイ恵我長野西陵・大阪府藤井寺市藤井寺・岡ミサンザイ古墳

応神天皇オウジン恵我藻伏崗陵・大阪府羽曳野市誉田・誉田御廟山古墳

允恭天皇インギョウ恵我長野北陵・・大阪府藤井寺市国府・国府市ノ山古墳

*古墳名のあとの青い文字列は現在の住所表記
古墳の陵名にえか(恵我)がでてくるのはこの三つだ。
*古代は濁音はないそうだ

エカと言う地名はいつからあったのか?  
  現在羽曳野市恵我之荘(えがのしょう)という地名があり駅名もある。
  駅の周辺は恵我之荘1丁目、二丁目、、、、、と続く。
  えが(ゑか?)の地名は確か日本書紀で出てきた記憶があるが
  どこでだかハッキリ覚えていない。
  その文を読んだとき、ああこの恵我之荘辺りに飛鳥時代にエカの市があり、
  その後平安時代に誰かの荘園に なったのかな?と勝手に解釈していた。

ちゃんと調べてみよう!
     調べてみるとでてきた。

  えかのいちとして『日本書紀』にも出てくる古くからの名称で、飛鳥時代から奈良時代にかけて栄えた。
市とは市場の市(いち)。
所在地は確定できないが、現在の大阪府藤井寺市国府の大和川と石川(餌香川)の合流点付近にあったとされる/span>
 ☆川の合流点付近一帯というのは説得力がありますね。
百科事典マイペディアの解説.
餌香の市
河内(かわち)を流れる餌香川(現在の石川)左岸にあった古代の市。所在地は確定できないが,現大阪府藤井寺市の国府(こう)とする説が有力。国府は石川の舟運のほか東西に大津道(のちの長尾街道),南北に東高野(こうや)街道が通る要所で,河内国府(国衙(こくが))が置かれていた。
*藤井寺市国府は、石器時代の遺跡で
「シュラホール」に展示してある、<けつじょうピアス>が出土した所です
   
デジタル大辞泉の解説えか‐の‐いち 〔ゑか‐〕 【×餌香の市】 より           
古代、河内(かわち)国に置かれたという市。 
現在の大阪府藤井寺市国府付近、もしくは羽曳野市古市付近が考えられる。 
          以上の記事によると、今の恵我之荘駅の至近地ではなさそうだ。
      駅名なんて鉄道敷設のときに、近辺の地名を参考にしてつけたものだと
      思われるから ちょっと離れてるけど「えが」を借りてきたのかもしれない。 
         ちなみに、恵という字をくずすと「ゑ」という変体仮名になる。
          だから、「ゑか」と発音されたと思われる。
            ゑ(ィエ)に近い発音だと、母が言ってた


結論としては
   今の「恵我之荘」と昔の「ゑか」は比較的近いとは言え、少しはなれた位置にある。
     それとも「ゑか」という地名が広範囲をさしていたのか?
  
       まだ分かりません。
     この件に関して、調べ次第また追加して行きます。

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by jumgon | 2010-09-28 13:19 | ★言語、歴史