古代史を中心にした漂流記録&覚えておきたい記事、書籍、ニュースなどの備忘録として、あるいは自分の考えの足跡、生活の記録をしています。


by jumgon
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辰砂・水銀とは?

宇陀の水銀で、ミムロ地方が栄えたと田中八郎氏の書物に書いてある。

◎宇陀の水銀で大和が栄えた、というは本当だろうか?
丹生のつく地名は水銀と関係がある、と書物で読んだことがある。
だけど宇陀には見つからない。(ありました!奈良県宇陀郡菟田野町入谷の丹生神社・榛原町雨師の丹生神社)
三重県や和歌山には丹生神社がどっさりあるのに、、、、、。


WIKIでは古代では、伊勢がおおきな水銀産出地とかいてある。
戦乱によって損壊した大仏を再建するために用いられた水銀は、全て伊勢産であったと考えられている。

◎あまてらすを伊勢に祀ったのは、これと関係がありそうな気がする。

他に情報はないかな?

見つかりました!いろいろな趣味の方がおられるということがよくわかりました!

「気ままに鉱山・炭鉱めぐり」
http://wing.zero.ad.jp/~zbc54213/index.html
以下、ここより情報をいただきました。

大和水銀鉱山
奈良県宇陀郡という地域は万葉集の「大和の宇陀の真赤土(まはに)のさ丹(に)つかば・・・・云々」という歌にもあるように古代から辰砂(朱砂)産出の多い地域である。(”丹”というのは水銀の意味である。) 水銀採掘はその後も続いていたと思うが特に明治に入ってからは政府の植民地政策であらゆる金属の増産が叫ばれ水銀も例外ではなかった。かつて立派な辰砂や自然水銀を産出したことで有名な鉱山でしたが、公害汚染を防ぐため、ズリは現在埋め尽くされて、現在では何もないようです。

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◎ナルホド、宇陀から辰砂が出たのは本当だ!

水銀とは
水銀(元素記号:Hg、原子番号:80、比重:約13.5)の歴史は古いしまた使用範囲も広い。一般には縄文時代にはすでに顔料として使われていたと言う。顔料とは簡単に言うと塗料だ。その各種の色の元になる物質だ。水銀はその原鉱石である辰砂(朱砂)の赤っぽい色を利用して赤の顔料として使われていた。


◎水銀と言えば私などは水銀体温計ぐらいしか思いつかないがあの銀色の光沢のある液状のものが元は赤い石ころだったなんて自然て実に不思議です。
古代人って直感力や観察力、洞察力がすごいんですね。

他にも用途としてはたくさんありますが特に古代中国では”不老長寿”の薬としてもつかわれていたことはもう常識ですね。当時、埋葬された古墳などの骨から高濃度の水銀が検出されているそうです

【中国の水銀の歴史と効用】
中国の水銀は産出量も多く、利用の歴史も長い。殷王朝(前1100年頃)の遺跡「殷墟」から発見された玉製の戈やト辞を刻んだ甲骨からは水銀朱が使われていて、すでに高度な水準だった。秦の始皇帝は前210年に不老不死の実現を試み、蓬莱山から神仙薬の入手に奔走している。ヤマトで水銀の発掘が始まる1200年前から中国では水銀の利用が重ねられていた。
また水銀の効果は防腐力という点ですさまじい。遺体の防腐に成功した事例として中国湖北省の荊州博物館のミイラがある。1975年に発掘されたミイラは薄紅色の液体に浮かんでいた。そばの竹簡によれば、紀元前167年の遺体である。そのミイラは内臓も鼓膜もほぼ完全に保たれ、胃には胃潰瘍の後まで残っており死因まで確認できる。驚く事に2200年間内臓と鼓膜まで保存した技術であった。容器の中にあった液体は硫化第二水銀であった。この事からも中国の水銀技術は世界に比類なき高度なものであり、この技術を発展したのが漢方の薬学であった。

◎ミイラの話はいつか新聞で読んだことがある。オドロキの防腐力ですね!

【漢方の薬学と水銀の関係】
不老不死の究極の願望を身近に近寄せたのが漢方である。700に及ぶ処方の研究は、水銀を主原料とする薬で不老、神仙、軽身を効能に掲げ、長命を目指した医薬だった。
富裕層が競って服用したが、老衰と発病にかかり、それでも大陸水銀の品質の問題にした為に蓬莱山に水銀を求め、その行軍が徐福であった。東海の島にあると言われる蓬莱山を目指した一行は和歌山県新宮市に渡来したことになっている。彼の目的が辰砂だとすれば、熊野に上陸して植民したコースは神武天皇が宇陀水銀を目指したコースと重なる。
 話は変わるが小さな切り傷などケガをした時に最近はバンドエイドを貼ったりスプレー式の物で傷口を保護したりするが昔は赤チン(正式にはマーキュロクロム液)を塗っていた。 この赤チンに今は入っていないがかつては水銀が入っていた。
 金属鉱物の製錬でこれほど便利なものはほかにあまりない。ただし毒性を除いてはだが。第一に入手が比較的に簡単。そして多くの金属と溶けやすい性質がありアマルガムを造りやすい。沸点が低く(約350度ぐらい)分離(精錬)がたやすいなど考えようによっては精錬にうってつけの金属である。(ただし日本では現在は水銀は使われていない)
 
東大寺の大仏さん建立時の金メッキで大量の(三重県の丹生鉱山)の水銀が使われたことはあまりに有名です。大仏にメッキ(鍍金)の金を定着させるために人足たちは手に持っている松明を近づけてその火で水銀を蒸発させた。当然顔は松明より下に離さないと蒸気を吸い込んでしまう。そういう注意はされたとは思うが、この時代には水銀蒸気の有害性はわかっていたのだろうか?
察するに相当の水銀中毒犠牲者が出たことだと思う。

水銀が採れるところ
水銀は深い地層にあるものだが、宇陀と桜井と高野山で採取されやすかったのは、断層で地表に近づいたからです。
伊勢から室生・桜井・飛鳥・高野山・紀ノ川河口へさらに徳島・松山までが列島最大の中央構造線と呼ばれる断層です。

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水銀の呼び名
硫化水銀の素鉱は、丹・丹砂・朱・朱砂・真朱・真珠・銀朱・水銀灰・辰砂・巴砂・越砂と記述されている。
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わが国で採取される水銀のほとんどが辰砂(硫化水銀)なのは火山地質層であるので硫化物になるのが少ない。
銀色のブヨブヨした純水銀は少ない。
辰砂の結晶は光沢があり美しいが少しの打撃で粉砕されるほど硬度が低く、宝石にはならない。
辰砂の粉末の粒子を細かくするほど、朱のようにオレンジ色になります。
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⇒<天神山古墳>出土品
◎私みたいな人間でも、硫化水銀の素鉱を偶然石にこすりつけ、赤い色がつくのに気付いて、塗料として辰砂の利用を思いついたかもしれない!! (縄文時代人なみになれるかも、、、)

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by jumgon | 2010-10-30 15:06 | ★辰砂・水銀