古代史を中心にした漂流記録&覚えておきたい記事、書籍、ニュースなどの備忘録として、あるいは自分の考えの足跡、生活の記録をしています。


by jumgon
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河内に陵墓がある天皇

「河内王朝」
日本古代史に「河内王朝」という言葉がある。

こんな言葉を聞くと河内に都があったように誤解してしまう。
記紀にもそんな記載はない。

一説には「天皇の皇后の実家近くに陵墓は造られる」というのがある。

私の考え
陵墓を造るには膨大な土地がいる。
(陵墓築造に必要な様々な人員、住居、食料、資材の倉庫などの確保)
だから、都の近くに古墳は造れない。


以下、河内に陵墓のある天皇の都の所在地を記す。

代数   漢名    和風諡号      都所在地      陵墓名      現在の住所14 仲哀天皇・タラシナカツヒコ・穴戸豊浦宮・筑紫橿日宮・恵我長野西陵・藤井寺市

15 応神天皇"・ホムダワケノミコト、オホトモワケノミコト"・"軽島豊明宮(現在の奈良県橿原市大軽町か)大隅宮(難波?)"・川内の恵賀(えが)の裳伏(もふし)岡・羽曳野市

16 仁徳天皇・”オホサザキノミコト”・難波高津宮・百舌鳥耳原中陵・堺区

17 履中天皇・”イザホワケ"・伊波礼若桜宮(記)、磐余稚桜宮(紀・いわれのわかざくらのみや)・百舌鳥耳原南陵・堺区

18 反正天皇・”タジヒノミズハワケ”・丹比柴籬宮(たじひのしばかきのみや)・百舌鳥耳原北陵・堺区

19 允恭天皇・”オアサヅマワクゴノスクネ”・遠飛鳥宮(高市郡明日香村)・恵我長野北陵・藤井寺市

20 安康天皇・”アナホノミコ”・石上穴穂宮(いそのかみのあなほのみや)・菅原伏見西陵・奈良市

21 雄略天皇・”オオハツセワカタケルノミコト"・磐余宮(紀)、泊瀬朝倉宮(記紀・はつせのあさくらのみや)、斯鬼宮(しきのみや ・磯城宮)」も朝倉宮を指すと言われる・丹比高鷲原陵・羽曳野市

22 清寧天皇・”シラガタケヒロクニオシワカヤマトネコ"・伊波礼之甕栗宮(記)、磐余甕栗宮(紀・いわれのみかくりのみや、奈良県橿原市が伝承地) ・河内坂門原陵・羽曳野市

23 顕宗天皇・”ヲケノスメラミコト"・近飛鳥八釣宮(ちかつあすかのやつりのみや)、明日香村八鈎、羽曳野市飛鳥の2説あり・傍丘磐坏丘南陵・奈良県香芝市

24 仁顕天皇・”オケノスメラミコト”・石上広高宮・埴生坂本陵・藤井寺市

25 武烈天皇・”オハツセワカサザキノミコト"・泊瀬列城宮(紀・はつせのなみきのみや、
奈良県桜井市出雲か・
傍丘磐坏丘北陵・奈良県香芝市
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by jumgon | 2010-11-30 19:36 | ★言語、歴史