古代史を中心にした漂流記録&覚えておきたい記事、書籍、ニュースなどの備忘録として、あるいは自分の考えの足跡、生活の記録をしています。


by jumgon
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出雲と大和

出雲と大和はどちらが古いか?

「砂鉄」とか「いなばの白兎」とか出雲をあつかう神話のイメージから、出雲は大和より古いと私は思い込んでいた。

真弓常忠「古代の鉄と神々」のなかにこんなくだりがある。

「出雲国造神賀詞・かむよごと」
出雲の国造が新任のとき、朝廷に出てきて出雲の神からのお祝いの言葉を述べた中に、

【すなはち大穴持の命の申したまはく、『皇御孫の命の鎮まりまさむ大倭の国』と申して、己命の和魂を八咫の鏡に取り託けて、倭の大物主くしみかたまの命と名を称へて、大御和の神奈備に坐せ、己命の御子あぢすき高孫根の命の御魂を、葛木の鴨の神奈備に坐せ、事代主の命の御魂をうなて(の神奈備)に坐せ、かやなるみの命の御魂を飛鳥の神奈備坐せて、皇孫の命の近き守り神と貢り置きて、八百丹杵築の宮に静まりましき。】

オオナムチの神が出雲の杵築にまつられるにあたって、自分の和魂(にぎたま)をオオモノヌシと称して三輪山に祀ったことが記されている。

神話では出雲地方は大きく取り扱われているが、出雲地方の開けたのは、
考古学の上からは5世紀代以後とみられるのに対して、
三輪周辺には3,4世紀代の古墳が存在しているから、オオナムチの神の発祥地は出雲ではなく三輪山付近で、出雲の国造となった出雲氏の本貫の地も三輪山西南の出雲という地でオオナムチの神を奉じて出雲地方に移住したとする説(田中卓氏)がある。

◎出雲の人のサイトで「大和中心の古代史から出雲へ」なんて調子のお国自慢的な記事があったが、出雲の方、これを読んで気を悪くなさらないでね。
 これはあくまで歴史を探る為だから、、、、、。こんな見解もあるということです。

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by jumgon | 2010-12-12 21:54 | ★言語、歴史