古代史を中心にした漂流記録&覚えておきたい記事、書籍、ニュースなどの備忘録として、あるいは自分の考えの足跡、生活の記録をしています。


by jumgon
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カテゴリ:  ○飛鳥資料館( 2 )

八釣マキト5号墳というのがこの資料館の庭に移築されています。
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八釣マキト5号墳って、いったいどこにあったの?
説明板を読みましょう。
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八釣・東山古墳群は八釣にある東山丘陵の農業基盤整備に伴い事前調査された古墳群で7基の古墳が発見されました。このうちマキト支群5基で比較的状態の良い1号墳と4号墳が元の場所から100m離れた八釣集落の古墳公園内に移築され5号墳のみ飛鳥資料館の外庭で移築保存されています。

あとで地図をみると山田寺跡からはあるいて近そうです。
この花の奥に見えていますね。
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発掘調査:1999年
★被葬者:中臣氏関連?(近くの大原に大伴夫人墓や藤原鎌足生誕地等、中臣氏ゆかりの史跡がある事より)
★大伴夫人(大徳冠大伴久比子(咋子)卿の女。中臣御食子に娶られ鎌子を産む(尊卑分脉)中臣鎌子(のちの鎌足)の母(尊卑分脉)。『藤氏家伝』には大伴夫人とある。)


飛鳥資料館に追加しておきました。
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by jumgon | 2011-04-16 11:16 |  ○飛鳥資料館

飛鳥資料館 1

飛鳥資料館は何度か訪れた事がある。

キトラ古墳の「玄武」特別公開の時には見学者が多くて長い行列だった!
公式HPで調べると、2007年5月とある。ちょうど4年前になる。


飛鳥資料館の主な展示物は、
高松塚古墳出土品
キトラ古墳石室復元、
山田寺仏頭レプリカ
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飛鳥寺塔埋納物
牽牛子塚古墳出土品
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飛鳥のお寺の復元模型やパネル、発見された瓦などの展示
亀形石造物のレプリカ
 下の写真は現場のものです。
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 全長約2.4m、全幅約2mの大きさがあり、小判形石造物から流れ出た水が、亀の鼻を通り、背中の水槽に水をためる仕組みになっています。

◆山田寺東回廊

山田寺東回廊のポスター
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◎こんな実物が資料館内にあるのです!
 下は出土時の写真。
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1982年の発掘調査で山田寺東回廊が倒れた状態で地中に埋もれているのが見つかりました。
もっとも状態がよかった柱間3間分の部材を保存処理して当時の建築構造と規模が分かるように再現しています。

以上のように、どれもすごい貴重な財産が収められています。
◎特に私が今回注目したのは
飛鳥寺塔心礎からでた埋納物と山田寺東回廊です。

 飛鳥寺を訪れた時に「塔心礎からでた埋納物」はどこにあるのかと尋ねたところ
「多分、飛鳥資料館あたりでしょう」とお寺の方がおっしゃていた。
その写真を載せたいのですが、残念ながら飛鳥資料館内は写真撮影禁止なのです。

写真はWeb上で取り込める物だけです。

飛鳥寺塔埋納物
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塔を建てる際地下に埋納した宝物。金や玉、砥石や鎧まで。同時期の古墳とほぼ同じ内容であるのが注目される。

塔心礎の舎利孔付近から出土した埋納物は、各種の玉類、金環、金銅製打出し金具、金銀延板などのほか、桂甲一領と馬具と見られる青銅製鈴や蛇行条鉄器が確認されています。

さて、資料館の入り口から紹介しよう。
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飛鳥資料館の庭には亀石、猿石、石人像、、酒船石、須弥山石など、飛鳥の石造物の往時の様子をレプリカで展示しています。
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しだれ桜が満開でした!!
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亀石
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須弥山石と石人像
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須弥山石とともに発掘されたもので、同様に古代の噴水施設とされています。盃を口にあてた男性に女性が寄り添う形をしています。
※飛鳥資料館で見学できます。(石人像はオリジナルが館内にありました。庭にあるのはレプリカ)
須弥山石(石神遺跡出土)
石人像(当館ロビーに展示)と共に石神から明治時代に掘り出された。全体の型や山型の浮彫があるところから須弥山石(しゅみせんせき)とよばれる。庭園にともなう噴水施設で、周辺から溝や石敷きもみつかっている。斉明朝(655~661年)に、蝦夷や南方の人をもてなしたとき、甘樫丘東方の河原や飛鳥寺西方に造ったという須弥山は、このようなものであった。


八釣マキト5号墳
というのがこの資料館の庭に移築されています。
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八釣マキト5号墳って、いったいどこにあったの?

そばにある説明板を読みましょう。
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八釣・東山古墳群は八釣にある東山丘陵の農業基盤整備に伴い事前調査された古墳群で7基の古墳が発見されました。このうちマキト支群5基で比較的状態の良い1号墳と4号墳が元の場所から100m離れた八釣集落の古墳公園内に移築され5号墳のみ飛鳥資料館の外庭で移築保存されています。

この花の木の奥に見えています。
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発掘調査:1999年
★被葬者:中臣氏関連?(近くの大原に大伴夫人墓や藤原鎌足生誕地等、中臣氏ゆかりの史跡がある事より)
★大伴夫人(大徳冠大伴久比子(咋子)卿の女。中臣御食子に娶られ鎌子を産む(尊卑分脉)中臣鎌子(のちの鎌足)の母(尊卑分脉)。『藤氏家伝』には大伴夫人とある。)

のどかな春の飛鳥資料館でした!
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by jumgon | 2011-04-14 01:30 |  ○飛鳥資料館