古代史を中心にした漂流記録&覚えておきたい記事、書籍、ニュースなどの備忘録として、あるいは自分の考えの足跡、生活の記録をしています。


by jumgon
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

タグ:日本語 ( 5 ) タグの人気記事

「橡」とは

前回の 日本の技術・和裁と手入れ、
で引用した文について追加改稿


『萬葉集』(巻第七)には次のような歌が収められています。
「橡の 解き洗ひ衣の 怪しくも ことに着欲しき この夕かも」です。
この中の「解き洗ひ衣」は、まさに着物の洗い張りを示しているといわれています。橡で染められた着物を身に着けていたのは庶民ですから、洗い張りはすでに奈良時代から庶民の生活に溶け込んでいたようです。


前回引用した歌はこれでしたね。
私はここにでてくる「橡」の読みがわからなかったのでふりがなを入れませんでした。

調べているうち、二通りの答が出てきた。
①とち(栃)の木
②くぬぎ
どちらも「橡」とも書くそうだ。

万葉時代ではどちらのことを指していたのだろう?
調べているうち、決定打が見つかった。

    「紅(くれない)は 移ろふものそ
    橡(つるばみ)の
    馴れにし衣に
    なほ及(し)かめやも」
             大伴家持 万葉集


◎紅は色が変わりやすいが、橡染めは変化しにくいからこちらのほうが、まさっている。
 (これは私の解釈です。間違っているかも知れません。
 一般的に草木染は化学染料に比べ色の安定性に欠ける。

もうひとつ

    「橡(つるばみ)の 衣(きぬ)は
     人皆(ひとみな) 事無しと
    いひし時より
     着欲しく念(おも)ほゆ」
                万葉集


橡(つるばみ)= くぬぎ

クヌギはブナ科コナラ属の落葉樹のひとつ。新緑・紅葉がきれい。クヌギの語源は国木(くにき)または食之木(くのき)からという説がある。
古名はつるばみ。漢字では櫟、椚、橡などと表記する
くぬぎの葉
f0215268_1451592.jpg

くぬぎの花
f0215268_146499.jpg

くぬぎのドングリ
f0215268_148241.jpg

このもじゃもじゃしたのが付いてるドングリ、よく見かける。
これがクヌギのドングリだったのか~

実は爪楊枝を刺して独楽にするなど子供の玩具として利用される。
また、縄文時代の遺跡からクヌギの実が土器などともに発掘されたことから、灰汁抜きをして食べたと考えられている。
樹皮やドングリの殻は、つるばみ染めの染料として用いられる
つるばみ染めは媒染剤として鉄を加え、染め上がりは黒から紺色になる。


前稿は追加加筆しておきます。
[PR]
by jumgon | 2011-01-28 13:56 | ★言語、歴史

鉄の古語

鉄を表わす古語
真弓常忠氏の「古代の鉄と神々」のなかに面白い記事があるので書き停めます。(一部改変省略)

鉄の古語には次ぎの種類がある。
①テツ、タタラ、タタール、韃靼
②サヒ、サビ、サム、ソホ、ソブ
③サナ、サヌ、サニ、シノ、シナ
④ニフ、ニブ、ニビ、ネウ
⑤ヒシ、ヘシ、ベシ、ペシ

①テツの語群
テツ(鉄)は、ヒッタイト民族が鉄をもって築いた強大な王国トルコの名に由来することは広く知られている。
◎わたしは知らなかったよ~
このヒッタイトの創始した製鉄技術は、シルクロードを経由して紀元前13世紀頃の殷代の中国に入ったとされている。
殷・周代は中国では青銅器文化が発達したが、鉄は戦国時代に武器として用いられ、漢代には鉄は国の管理下におかれた。
このトルコ、タタール、、韃靼に発した製鉄技術がタタラにほかならない。
タクタク、タツタツともいい、鉄の語源ともなった。
わが国では北方大陸系文化としてもたらされたものである。

②サヒの語群
ヤマタノオロチ退治のときスサノヲノミコトが使用された剣を「韓鋤剣」(カラサヒノツルギ)といい、鋤持神」(サヒモトノカミ)という。

*蛇の韓鋤の剣は蛇の麁正はとも呼ばれ、岩波文庫版「日本書紀」の註によれば、aramasa(麁正)とkaramasafi(韓鋤)は同根であって、「韓鋤(からさひ)」の「サヒ」とは、日本では小刀または刀の意。従って、韓から伝来した刀という意味ではないかと説明している。
サヒはサブ、サビ、サムとも転化し、寒川・寒田、寒河江・祖父江の地名もこれに由来する。
賽神(サイノカミ)というのも本来はサヒ(鉄)の神の意であった。
サヒ、サビ、サム、ソホ、ソブ等、この語類のサ行音は、元来砂、小石を意味する言葉で、砂鉄が精錬されて鉄となり普通の砂や石と違った貴重な性質を帯びることから、サ・シ・ソの一音だけでも鉄を意味することになった。
日向の襲の国(ソノクニ)、熊襲(クマソ)のソもやはり鉄の産地を意味した。

③サナ、サヌ、サニ、シノ、シナ
福士幸次郎はサナ、サヌ、サニ、シノ、シナ等の語源を追い求めた末、サナとは果実の核の部分を意味し、カナサナ(金讃)とは外皮を鉄でまとった果物や穀物の如き形状のもの、即ち鈴・鐸(サナギ)のことであるとした。
◎褐鉄鉱の鳴石ってまさしくそれね!⇒「唐古・鍵遺跡ミュージアム」
唐古・鍵遺跡ミュージアムへ行った時それに出会いました。それは褐鉄鉱の鈴を割って、中に翡翠の勾玉が入れてありました。鈴石だけでも貴重なのにその不思議な自然の力にプラス、自分の宝物を入れたのですね!銅鐸の起源かもしれませんね。

*鈴石(鳴石)について
褐鉄鉱は、良質な粘土の周辺に鉄分が凝縮して生成された自然の好物です。
褐鉄鉱の内部の粘土は乾燥収縮し、それが内壁にあたって音をたてる為、江戸時代の好事家の間では「鳴石」や「鈴石」として珍重されていたという。振ると鈴みたいな音がする。

奇石博物館にある、鈴石(鳴石)
奈良県生駒郡平群町産(割れ口の見える2個)
京都府相良郡和束町産(割れてない1個)
f0215268_14101436.jpg


④ニフ、ニブ、ニビ、ニホ
「ニフ」(丹生)は通常、朱砂(辰砂)の産する地につけられた名と考えられている。
しかし井塚政義氏の教示によると古代には硫化水銀を「朱」、四塩化鉛を「丹」、褐鉄鉱・赤鉄鉱・酸化鉄を「赭」にそれぞれ区分しながらも、これらを一括して「丹」とよんだ由で、丹生の地は鉄産地をも意味したという。
◎フーン、そんなに細かく区別表現していたのか~
丹生より派生した「ニブ」(二部・鉗)「ミブ」(壬生)・「ニビ」(鉗)や「ネウ」(根雨)もそれである。

⑤ヒシ・ヘシヒシ・ヘシは「和名抄」によると、鉄鏃を意味し、棹の先に装着した鉄片である。
この語から派生した「鉄の川」がイヒシ(飯石)川、イビ(揖斐)川であるとしたのも
福士幸次郎である。
ヒシ・ヘシの語が南方系海洋民の鉄・鉄斧を意味するという情報もある。
ベシ・ヘシの語によって表象される古代鉄文化は南方系海洋民によって運ばれ、琉球弧を北上して九州から朝鮮半島西岸、山東半島まで達していたと想像できる。

古代鉄を表わす語が色んな系統に分かれているのですね。
鉄の渡来には様々な民族、ルートがあるのでしょう。

◎そういえば日本語の数詞に「いち・に・さん」と「ひぃ・ふう・みぃ」(ひとつ・ふたつ・みつ)の二系統がありますが、これも日本列島へ流入した民族の違いを表わしているような気がします。
[PR]
by jumgon | 2010-12-03 14:27 | ★日本の鉄の歴史
勾玉の由来は鳥か?

勾玉の由来についてかかれている方がいらっしゃったので紹介します。
http://www.iris.dti.ne.jp/~muken/index.html
「ポリネシア語で解く日本の地名・日本の古典・日本語の語源」より
勾玉は、何を象ったものでしょうか。
 これまでに①人魂説、②月(半月)形説、③釣り針説、④ナマズ説(?)などが出されているようです。私は、上記の「八尺の勾玉」のマオリ語解釈とも関連して、これまで「山幸彦・海幸彦説話にみるように海洋民族の宝物である釣り針」説に傾いておりましたが、最近(平成11年5月)長年の宿願であった韓国旅行を果たした際の見聞から、新たに⑤鳥形説を主張したいと思います。
 ソウルの国立中央博物館の伽耶室に、5~6世紀の古墳から出土した多数の鉄器、鉄挺などに混じって、写真の「有刺利器」が展示され、用途は不明とされていました。この左と中央の鉄器には、明らかに「鳥形」が付けられています。また、慶州博物館にも、下図のように単純化した「鳥形」をつけた有刺利器が展示されていました。これは正に勾玉の形そのものです。

f0215268_1936137.jpgf0215268_19362759.jpg










*勾玉の由来は①人魂説、②月(半月)形説、③釣り針説、④ナマズ説(?)以外にも胎児形説、巴文様説などがあるようです。


実はこの方のサイト、初めはトンデモ説かな?なんて疑いながら読んでたんですが、「日本人はどこからやってきたか」を調べているうちに(バイカル湖のほとりからやってきた人達)と(中国南部、東南アジアが陸続きだった頃にやってきた人達がいることがやってきたことが分かった。

参考リンク「日本人の起源」を参照してかなりはしょって書いてます。
中国南部、東南アジアが陸続きだった頃にやってきた人達
は海流に乗りオセアニア、ポリネシアにも行っただろうし、またやってきたと思われるから、ポリネシア語が原始日本語に反映されていてもおかしくないとおもう。
f0215268_2026167.jpg
f0215268_20264794.jpg

古代日本語は「ヒコホホデミ」とか「ニニギ」とか、とても日本語とは思えない。
おまけにその発音が「ピコポポデミ」かも、と聞いたらもう私の手に負えない。
この話題はあまりに壮大になりすぎるけど、少しずつ勉強していきたいとおもいます。

[PR]
by jumgon | 2010-10-15 19:33 | ★勾玉の話

森 博達 先生について

森 博達 先生について、なんて書くとよほどの知り合いみたいだけど、こちらが一方的に存じ上げているだけである。京都産業大学の教授です。

古代日本語の音韻は現在と違っていて現在の「い」「う」「お」列には甲音と乙音ガある、と言う説は以前からある。「お」と「を」は発音が違う、、、というのもその痕跡だと思うけど、本を読んでも実際どのように発音されていたかと言うことはわかりにくい。(昔、母が「を」は「ゥオ」と発音するのよ、と教えてくれたけど、、、)

たとえば「み」と言う音も2種類の発音があってそれぞれ発音にあわせて合わせ、ちがう文字を使っている。
万葉時代はその区別が歴然としていたが、平安時代になると少し崩れが見られる、と言うことである。
かな習字の変体仮名でも「うめのはな」を「無(む)めの花」と表記している、(関戸本古今集)
古代には梅の花はどのような発音だったんでしょう?

さて、中国語が専門の先生が中国語の発音から、古代日本語の音を復元された、、、ということを知り是非実際に聞いてみたいと思っていた。もう20年以上前になると思うが、近所の公民館で、呼びたい講師をリクエストできる機会が会って、先生の講演会を聞くことができ、ひどく感激した。
「卑弥呼」も実際発音してくださったし源氏物語を復元音で一部読んでくださったが、録音しとけばよかったと思うほど貴重な講演でした。

本当に言葉と言うのは不思議なものですね。そういえば私が小学校のときの「あいうえおの表」には括弧して「ゑ」がまだ載っていたような気がします?(いったい何才だ?という声が聞こえてきそうですね!

森先生のお仕事はこれ以外にもイッパイあるから、興味がある方は、ネットで調べてくださいね!!
[PR]
by jumgon | 2010-02-22 16:15 | ★言語、歴史

古代日本語について

私は以前から古代史に興味を持っていて一時期色んな書物を渉猟していました。

「古代日本語の音韻について」とか「古代天皇はなぜ長寿なのか?」とか「卑弥呼の岩戸戸隠れ、を天文考古学から考える」とか、「遺跡の花粉分析から当時の植物相が推定できる、、、」とか「遺跡の虫卵の種類から当時の人が食べていた食物を推測する」とか「邪馬台国はどこか」とか、色々な説があり、こんなの探求してたらキリがない。色んな学者の説を読む頭脳も時間も足りないと思ってしばらく遠ざかっていました。なにしろ昔の話ですから諸説入り乱れ泥沼に落ちていくようでした。


最近思いついて「日本語の起源について」検索してたら、すごく研究してる人でかなりまとめていてくれてたページにたどり着いて、また勉強してみようかな、と思っています。

昨日はそう言う訳で、あちこちのサイトを読んで、インターネットってスゴイ!!とつくづく感じ入っていました。


わたしは書道で変体仮名をかじったので、 「古代日本語には、今より母音がたくさんあった。」に頷くものがありました。
[PR]
by jumgon | 2010-02-20 14:23 | ★言語、歴史